感染症情報「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)」
医療関係者向情報サイト 医療ナレッジ 感染症情報 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)
概要1)SUMMARY
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus:MRSA)感染症は、メチシリンなどのペニシリン剤をはじめとした抗菌薬に対し広く耐性を示す黄色ブドウ球菌による感染症です。黄色ブドウ球菌はヒトの皮膚などの常在菌で、通常は感染しませんが、皮膚の切創などに伴う化膿症や皮膚軟部組織感染症から、肺炎、腹膜炎、敗血症、髄膜炎などに至るまで様々な重症感染症の原因となります。 MRSA の病原性は通常の黄色ブドウ球菌と同等程度ですが、高齢者など抵抗力や体力が低下している人が感染すると、多くの種類の抗菌薬が効かないため、重症化するケースがあります。1980年代後半には国内で問題になり、現在においても医療関連感染として重要な感染症です。
1. 微生物
2. 感染症
症状
MRSA の病原性は通常の黄色ブドウ球菌と同等程度の各種感染症を引き起こします。通常の感染に対する抵抗力を有する人に対しては一般的に無害です。医療施設外で日常生活が可能な保菌者の場合は、除菌のための抗菌薬投与は基本的には必要ありません。
一方で、外科手術後の患者や免疫不全者、長期抗菌薬投与患者などでは日和見感染します。腸炎、敗血症、肺炎などを来し、突然の高熱、血圧低下、腹部膨満、下痢、意識障害、白血球減少、血小板減少、腎機能障害、肝機能障害などの症状を示します。治療では、バンコマイシン(VCM),テイコプラニン(TEIC),リネゾリド(LZD)などに適応があり、疾患により使い分けられます。
流行状況
1960年ごろからメチシリンが欧米で使用されるようになって間もなく海外で確認されました。1980年代後半には国内で問題となり、医療関連感染の中で最も重要な耐性菌として現在感染症法の5類に分類され、基幹定点医療機関(全国約 500 ケ所の病床数 300 以上の医療機関)から報告されています。報告数は2016年以降下げ止まっていますが、現在においても医療関連感染として重要です6)。
MRSA感染症の年別定点当たり報告数,2000年-2019年7)
3. 感染経路
易感染患者では、患者に定着(保菌)している菌による内因性感染が主体です。 また、病院感染として医療従事者の手指、医療用具、留置カテーテル、手術や医療処置などにより感染する場合もあります8)。
4. 消毒剤感受性
MRSAは一般細菌(栄養型)であり、消毒剤感受性は黄色ブドウ球菌と同等とされますが、 in vitro試験において低水準消毒剤の常用の濃度・接触時間では十分な効果が得られていないとの報告9,10,11)もあり、リスクが高いと考えられる感染経路では中水準以上の消毒剤の使用が勧められます。なお、中水準消毒剤の50%イソプロパノールでは in vitro試験においてMRSAの殺菌時間が30分との報告があり、アルコールによる清拭消毒時は、消毒用エタノールまたは70%イソプロパノールを使用します12)。
感染対策INFECTION CONTROL
感染防止対策
2021年JANIS参加923施設における入院患者のMRSA新規感染患者は、薬剤耐性菌感染患者の中で最も多く15,022 人(95.06%)が報告されています。そのうち肺炎が最も多く 34.5%、次いで菌血症 22.4%、皮膚・軟部組織感染 16.5%、手術創感染 6.8%などの順に報告されています13)。
医療関連感染では医療従事者の手指、汚染された器具や物品などを介した接触感染が問題となります。MRSA感染症の感染防止対策は「CDC隔離予防のためのガイドライン2007」14)に多剤耐性菌として標準予防策に加え、伝播が進行しているエビデンスがある環境、伝播の危険性が高い急性期現場、ドレッシングで覆うことができない創には接触予防策が推奨されています。
MRSA施設内感染防止対策のポイント15)
患者管理 | 原則として個室管理を行い、個室不足時はMRSA感染者専用部屋に集団隔離(コホート隔離)します。 |
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手指 |
特に適切な手指衛生が重要です。2009年世界保健機関(WHO)が「医療における手指衛生についてのガイドライン」を公開し、手指衛生の5つのタイミングが提示されました。この、5つのタイミングの遵守をはじめとして、適切な手指衛生を行います。患者及び面会者にも手指衛生を指導します16)。 目に見える汚れがある場合には、石けんと流水による手洗い、目に見える汚れがない場合にはアルコール手指消毒剤による手指衛生を行います。 |
手袋、ガウン |
入室時においては、手袋とエプロン・ガウンなどの個人用防護具の着用が必要です。
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環境管理 |
MRSAは乾燥に強く、乾燥した環境表面で7日から7ヵ月生存したとの報告があります。ドアノブやベッド柵、テーブルなどの高頻度接触面は定期的に清拭し必要に応じてアルコール消毒を行います。
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リネン類 | ビニールバックに密閉し、洗濯に出します。 |
聴診器、血圧計などの器具 |
汚染された器具や物品などを介した接触感染が問題となり、標準予防策と接触予防策の実施により感染を拡げないことが重要です。
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- 関連リンク
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厚生労働省:薬剤耐性(AMR)対策について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000120172.html -
国立感染症研究所:薬剤耐性菌感染症
https://www.niid.go.jp/niid/ja/route/dr.html -
AMR臨床リファレンスセンター:多剤耐性菌の話
https://amr.ncgm.go.jp/medics/2-1-3.html
参考資料
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1) 国立感染症研究所:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/474-mrsa.html -
2) CDC: Public Health Image Library (PHIL)
https://phil.cdc.gov/Details.aspx?pid=9994 - 3) 院内感染対策の手引きーMRSAに注目して―南江堂 1992年
-
4) 国立感染症研究所:薬剤耐性緑膿菌感染症とは
https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/2373-dr-pa-intro.html -
5) 平松啓一:MRSA:診断と治療の進歩,日本内科学会雑誌 第81巻 第10号
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika1913/81/10/81_10_1592/_pdf -
6) 厚生労働省:薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書2021
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001014680.pdf -
7) 国立環境研究所:感染症法に基づくメチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus MRSA)感染症の届出状況、2019年
https://www.niid.go.jp/niid/ja/mrsa-m/mrsa-idwrs/10324-mrsa-210423.html -
8) 感染症法に基づく消毒・滅菌の手引きについて:健感発0311第8号
https://www.mhlw.go.jp/content/000911978.pdf - 9) 森 健 他:病院薬学 1994;20(5):423-30.[IC00218]
- 10) 坂上吉一 他:防菌防黴 1991;19(7):359-65.[IC01567]
- 11) 坂上吉一 他:防菌防黴 1994;22(8):469-74.[IC11166]
- 12) 坂上吉一 他:防菌防黴 1997;25(2):65-72.[IC11168]
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13) 厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業 院内感染対策サーベイランス 全入院患者部門 2022年
https://janis.mhlw.go.jp/report/open_report/2022/3/2/zen_Open_Report_202200.pdf -
14) 2007 Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings
https://www.cdc.gov/infectioncontrol/pdf/guidelines/isolation-guidelines-H.pdf -
15) 医療機関における院内感染対策マニュアル 作成のための手引き(案)[更新版](160201 ver. 6.02)
https://janis.mhlw.go.jp/material/material/Ver_6.02%E6%9C%AC%E6%96%87170529.pdf -
16) WHO guidelines on hand hygiene in health care
https://www.who.int/publications/i/item/9789241597906
2023年9月