消毒の”きほん”
「微生物別」
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微生物別 消毒のポイントPOINT
微生物の種類により、消毒剤に対する感受性が異なります。消毒剤を使用する場合は、目的とする微生物の種類に加えて、対象物の種類や材質、感染リスク等を考慮し消毒剤を選択します。 ここでは、微生物別に消毒のポイントを紹介します。
その他微生物・感染症における感染対策については、当サイト内「感染症情報」にて紹介していますので、ご参照ください。
細菌GERM
一般細菌(栄養型)
一般細菌(栄養型)の多くは低水準消毒剤を含む幅広い消毒剤が有効とされていますが、一般細菌の中にも低水準消毒剤に抵抗性を示すものがあり、リスクが高いと考えられる感染経路では中水準以上の消毒剤の使用が勧められます。
MRSA(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
MRSAは医療関連感染の代表的な原因菌のひとつで、メチシリンなどのペニシリン剤をはじめとして、多くの抗生物質に対して多剤耐性を示す黄色ブドウ球菌です。有効な抗菌薬の種類が限定されるため、一旦発症すると治療が困難になります。
MRSAは乾燥に強く、乾燥した環境表面で7日から7ヵ月生存したとの報告1)があります。医療関連感染では医療従事者の手指、汚染された器具や物品などを介した接触感染が問題となり、標準予防策と接触予防策の実施により感染を拡げないことが重要です。
MRSAは一般細菌(栄養型)であり、消毒剤感受性は黄色ブドウ球菌と同等とされますが、in vitro試験において低水準消毒剤の常用の濃度・接触時間では十分な効果が得られていないとの報告2,3)もあり、リスクが高いと考えられる感染経路では中水準以上の消毒剤の使用が勧められます。なお、中水準消毒剤の50%イソプロパノールではin vitro試験においてMRSAの殺菌時間が30分との報告4)があり、アルコールによる清拭消毒時は、消毒用エタノールまたは70%イソプロパノールを使用します。
グラム陰性桿菌:緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、セパシア(Burkholderia cepacia)、セラチア(Serratia marcescens)など
緑膿菌・セパシア・セラチアなどは、水周りなどの生活環境中に広く常在するグラム陰性桿菌で、医療関連感染の主な原因菌として知られています。健康な人には通常、病原性を示さず、免疫力が低下した人に日和見感染症を起こします。
流しや排水口などの水周り、モップなどの清掃用具、排尿容器、湿ったタオルなどの湿潤している環境が汚染源となりやすく、接触感染により汚染された手指、器具や物品、消毒剤や輸液などの薬液を介して基礎疾患をもつ患者に感染症を起こします。感染を防ぐには、湿潤している環境の整備(清掃と乾燥)とともに、標準予防策と接触予防策を徹底し、病室の清掃は通常の清掃に加え、手がよく触れる高頻度接触面はアルコールによる清拭消毒を行います。
緑膿菌・セパシア・セラチアなどのグラム陰性桿菌では、低水準消毒剤に対して抵抗性があるものが存在し、十分な効果が得られない可能性があります。また、汚染された低水準消毒剤により医療関連感染が引き起こされたとの報告もあり、感染リスクが高い場面では中水準以上の消毒剤の使用が勧められます。
緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)
- 緑膿菌は湿潤環境やヒトの腸管内に定着しやすく、いったん病院環境に定着・蔓延すると長期間生存し消滅させることが困難です。環境に定着・蔓延させないよう湿潤環境の衛生管理を徹底します。
- 薬剤耐性緑膿菌(Multidrug-resistant Pseudomonas aeruginosa :MDRP)は一般の緑膿菌と感染力・病原性などに大きな差はありませんが、有効な抗菌薬の種類が極めて少なくなるため、感染症を発症すると治療が極めて困難となり、患者の状態によっては致死的な医療関連感染の原因となります5)。
セパシア(Burkholderia cepacia:以前はPseudomonas cepaciaと呼ばれていた)
- 尿路や静脈内の留置カテーテル媒介性の感染が多く、いったん感染すると治癒しにくく、多剤耐性化しやすいといわれます6)。エンドトキシンを産生するため、注射剤や輸液ルートを介して血液中に侵入すると、ショックや多臓器不全を引き起こし死亡の原因となります。
- 低水準消毒剤に抵抗性があり、乾燥状態でも1週間以上、蒸留水中で1年近く生存していたとの報告6)があります。
セラチア(Serratia marcescens)
- 流しや排水口などの水周りで湿潤している環境に存在し、タイルの目地が薄いピンク色に見える場合、セラチアが繁殖している可能性があります。
- 易感染患者では感染しやすい部位にセラチアが伝播すると、尿路感染症、呼吸器感染症、創感染、敗血症、髄膜炎などを起こす場合があります。
結核菌(Mycobacterium tuberculosis)
結核菌により発生する結核は死亡率も高く、人類にとって最も重要な感染症の一つです。結核の主な感染経路は患者が咳やくしゃみをした際に形成される飛沫核による空気感染とされており、感染拡大を防ぐには空気予防策と標準予防策を遵守します。患者は陰圧に設定された換気設備のある個室に隔離し、職員、清掃委託業者、来訪者などが病室へ入室する際はN95マスクを着用します。
結核菌は細胞壁に多量の脂質を含み、疎水性で、芽胞形成菌を除いた細菌の中では消毒剤、乾燥、温度への抵抗性が最も強いとされています。
結核菌は消毒剤への抵抗性があり、原則、中水準以上の消毒剤を選択します。ただし、中水準消毒剤の次亜塩素酸ナトリウムでは、高濃度(1000ppm(0.1%)以上)で有効とされています。また、低水準消毒剤のうち、両性界面活性剤(アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩)は通常より高濃度(0.2~0.5%)で長時間作用させることにより、結核菌にも効果が期待できます。
芽胞形成菌(細菌芽胞):バチルス(バシラス)属(Bacillus spp.)、クロストリジウム属(Clostridium spp.)、クロストリディオイデス属(Clostridioides spp.)など
バチルス属:炭疽菌(B. anthracis)、セレウス菌(B. cereus)[食中毒の原因]
クロストリジウム属:破傷風菌(Clostridium. tetani)、ボツリヌス菌(Clostridium. botulinum)[食中毒の原因]、ウェルシュ菌(Clostridium. perfringens)[食中毒やガス壊疽の原因]
クロストリディオイデス属:クロストリディオイデス・ディフィシル※(Clostridioides difficile)[抗菌薬関連下痢症や偽膜性大腸炎の原因]
※2016年にクロストリジウム・ディフィシルから菌種名が変更
芽胞は、熱や消毒剤に対する抵抗性が強く、殺滅には滅菌条件または高水準消毒剤の長時間接触が必要です。特に抵抗性が強いとされるバチルス属の芽胞にも有効な消毒剤は化学滅菌剤と呼ばれ、高水準消毒剤のグルタラールと過酢酸が該当します。高水準消毒剤のフタラールではバチルス属の芽胞には抵抗性を示します。クロストリジウム属やクロストリディオイデス属の芽胞の消毒であれば、中水準消毒剤の次亜塩素酸ナトリウムも有効とされています。
エタノールやイソプロパノールなどのアルコール類や低水準消毒剤では、芽胞に対して効果が期待できません。アルコール手指消毒剤は芽胞への効果が期待できないため、手指消毒としては液体石けんやスクラブ剤を用いた流水での手洗いによる物理的な除去が基本となります。
真菌(糸状菌、酵母(様)真菌)FUNGUS
真菌は、いわゆるカビと呼ばれるもので、酵母(様)真菌と糸状菌(菌糸状真菌)に分けて考えます。
酵母(様)真菌:カンジダ属(Candida spp.)、クリプトコックス属(Cryptococcus spp.)など
酵母(様)真菌ではカンジダ属やクリプトコックス属などが問題となり、これらは深在性真菌症を引き起こすことで知られています。
カンジダ属のうち、ヒトのカンジダ症の起因菌としてカンジダ・アルビカンス(Candida albicans)が知られています。ヒトの口腔、腸管、膣、皮膚などに常在していますが、多くの場合は特に何の影響も与えないものの、体調が悪いときなどに病変を起こす日和見感染の原因となります。
クリプトコッカス属では、クリプトコックス症の起因菌としてクリプトコックス・ネオフォルマンス(Cryptococcus neoformans)が問題となります。ハトの糞を介した感染により、免疫抑制状態や体力が落ちた人が罹患しやすく、日和見感染の原因の一つです。医療関連感染の対策としては環境の整備が重要となります。
酵母(様)真菌では低水準消毒剤に有効との報告もありますが、低水準消毒剤の常用の濃度・接触時間では十分な効果が得られない場合があり、中水準以上の消毒剤の使用が望ましいとされています。
糸状菌(菌糸状真菌):アスペルギルス属(Aspergillus spp.)、白癬菌(Trichophyton spp.)など
糸状菌による感染症の起因菌として、アスペルギルス属(主にAspergillus fumigatus)、表在性真菌症の一つである皮膚糸状菌症を起こす白癬菌(主にTrichophyton rubrum)などが問題となります。
アスペルギルス属は生活環境に広く存在し、これらの胞子を吸入することにより感染します。日和見感染症の原因菌として知られ、健康な人では問題がないものの、免疫不全患者がほこりなどを吸い込むことで疾患を生じます。感染患者から他の人には感染せず(ヒト-ヒト感染なし)、医療関連感染の対策としては環境の整備が重要となります。
皮膚糸状菌は皮膚の構成蛋白であるケラチンを分解する能力をもち、皮膚や爪、毛などに限局して感染します。白癬菌による感染のほとんどが足白癬(いわゆる水虫)であり、ヒトからヒトへの直接接触感染、あるいは日常生活における間接的な接触感染となります。真菌が生息する角質層が鱗屑(りんせつ)となって剥がれ落ち、スリッパや畳、じゅうたんなどを介して感染が起こります。
糸状菌は消毒剤に対してやや抵抗性を示し、その抵抗性は細菌芽胞と一般細菌の中間となります。中水準以上の消毒剤を選択しますが、中水準消毒剤の常用の接触時間では十分な効果が得られない場合があり、事前に予備洗浄により対象物に付着する菌数を少なくしておき、消毒時間を長く取ることが望まれます。
ウイルスVIRUS
エンベロープウイルス・ノンエンベロープウイルス
ウイルスは細菌とは異なり、単独では増殖ができず、宿主細胞の中に入り込んでその細胞内でしか増殖できません。構造的には、遺伝情報をもつ核酸(DNAかRNAのどちらか一方)がたん白質に包み込まれた構造をしています。
ウイルスには、エンベロープ(主に脂質から構成される膜状の構造)を外側に持つものと持たないものがあり、エンベロープを持つ脂質を含む中型サイズのウイルスはエンベロープウイルス、エンベロープを持たない脂質を含まない小型サイズのウイルスはノンエンベロープウイルスと呼ばれます。
- エンベロープウイルス(脂質膜を含む)
- インフルエンザウイルス、ヘルペスウイルス、コロナウイルス、RSウイルス、水痘-帯状疱疹ウイルス、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、出血熱(エボラ、ラッサ、マールブルグ)ウイルス 等
- ノンエンベロープウイルス(脂質膜を含まない)
- アデノウイルス、エンテロウイルス(コクサッキーウイルス等)、ノロウイルス、ロタウイルス 等
ウイルスはエンベロープの有無により消毒剤に対する抵抗性が異なります。
エンベロープウイルスでは消毒剤に対する抵抗性が低いとされ、エンベロープを形成する脂質の膜状構造がエタノールなどの溶液により破壊され、ウイルスが不活化され感染性を失います8)。消毒剤としては、高水準消毒剤のグルタラールやフタラール、過酢酸、中水準消毒剤の次亜塩素酸ナトリウムは強い不活性化作用を示し、エタノールやイソプロパノールなどのアルコール類も有効とされています。
ノンエンベロープウイルスでは消毒剤に対する抵抗性が高いとされ、一般的にエタノールは不活化効果を示さないとされています。消毒剤としては、高水準消毒剤や中水準消毒剤の次亜塩素酸ナトリウムが有効であり、エタノールや低水準消毒剤などは十分な効果が期待できません。
なお、ヒトで胃腸炎を起こすウイルス(ノロウイルスやロタウイルスなど)はすべてノンエンベロープウイルスとなります。これは、エンベロープウイルスではヒトの体内において、十二指腸の胆汁の作用によりエンベロープを形成する脂質の膜状構造が破壊され、ウイルスが不活化され感染性を失うためです8)。
血液媒介病原体:HBV(B型肝炎ウイルス)、HCV(C型肝炎ウイルス)、HIV(ヒト免疫不全ウイルス(AIDSウイルス))など
医療従事者において、針刺し事故の他、汚染された鋭利な器具類、血液飛散などの血液・体液の曝露によりHBVやHCV、HIVなど血液が媒介するウイルスへの感染が懸念されます。感染を防ぐには、感染症の有無にかかわらず、血液、汗を除くすべての体液などは感染性があるかもしれないと考え、すべての医療現場のすべての患者に対して対策を行う標準予防策の遵守が基本となります。血液・体液などとの接触が予想されるときや、血液・体液などで汚染された物品に触れるときは手袋を着用し、汚染を受けないようガウンやエプロン、マスク、ゴーグルなどの防護具を着用します。また、手指や皮膚に感染性物質が付着した場合は、ただちに石けんと流水による洗浄を行います。
HBV・HCVでは、滅菌やエチレンオキサイドガスの他、消毒剤として2%グルタラールなどが有効とされています。HBVの血液汚染の消毒には1%次亜塩素酸ナトリウムが使用されます。中水準消毒剤の消毒用エタノールや70vol%イソプロパノール、ポビドンヨードでは有効との報告もありますが、評価にバラつきがみられます。
HIVは消毒剤や熱に対する抵抗性が低いため、HBVに準じた対応で問題ないとされています。HIVに対する消毒剤として、高水準消毒剤のグルタラール、フタラール、過酢酸、中水準消毒剤の次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、70vol%イソプロパノール、ポビドンヨードなどによる処理が感染性不活性化に有効9)とされています。
参考資料
- 1) Axel Kramer, et al:BMC Infect Dis. 2006;6:130.
doi:10.1186/1471-2334-6-130 - 2) 森 健 他:病院薬学 1994;20(5):423-30.[IC00218]
- 3) 坂上吉一 他:防菌防黴 1991;19(7):359—65.[IC01567]
- 4) 坂上吉一 他:防菌防黴 1994;22(8):469-74.[IC11166]
- 5) 吉田眞一 他:戸田新細菌学改訂34版,南山堂,2013:265-9.
- 6) 吉田眞一 他:戸田新細菌学改訂34版,南山堂,2013:271.
- 7) 麻生恭代 他:環境感染誌 2012;27(2):81-90.
DOI:https://doi.org/10.4058/jsei.27.81 - 8) 吉田眞一 他:戸田新細菌学改訂34版,南山堂,2013:500-5.
- 9) 「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引きについて」(平成30年12月27日付 健感発1227第1号 厚生労働省健康局結核感染症課長通知) https://www.mhlw.go.jp/content/000548441.pdf